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冬ごもり大作戦(2)
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のそのそとカオルは顔を出し、両手を布団の外に出した。
けれども動いたのはそこまでで、カオルは寝たままの体制で鋼牙を見上げている。
「えっ、ゴンザさんに聞いてない?
あたし、今日は一日ベッドの中で過ごすって言っておいたんだけど…」
悪びれることなく、そう言うカオル。
「それは聞いている。
だが食事くらいはちゃんと摂れ」
険しい顔を崩さない鋼牙に、ザルバも援護射撃をする。
『そうだぞ、カオル。
人間は蛇やカエルじゃないんだから冬眠なんかできっこないんだ』
それを聞いてカオルは眉を曇らせて
「ああっ、ゴンザさんてば ’冬眠’ のことまでしゃべっちゃったんだぁ…」
と小さく呟く。
が、すぐに気を取り直して、ベッドの上で上半身を起こし、
「確かに人間は爬虫類じゃないけど、熊だって冬眠するじゃない。
熊にできて人間にできないって決めつけなくてもいいんじゃない?
別に一冬の間ずっとってわけじゃないんだし、一日、二日くらいならやってやれないことはないと思うんだけど」
と反論する。
「なにを無茶な…」
鋼牙は絶句する。
『待て待て、カオル。いいか、よく聞けよ?
そもそも人間と熊とでは身体のつくりが違うんだ。
一冬の間、冬眠する熊は代謝を下げられるようになっている』
「代謝って?」
『代謝っていうのは、口から摂取した食べ物を分解して身体に取り込むことだ。
熊は食べ物を食べなくてもいいように、食べ物を必要としないようにエネルギーがセーブできるんだ』
「つまり… どういうこと?」
『つまりだな、例えば、体温が高いとそれだけエネルギーが必要となる。
だから、熊は冬眠中は夏のときの体温より5~6℃くらい体温を下げられるらしい。
体温を下げて代謝を抑えて、なんと心拍数まで1分間に14回くらいまで下がるといった調査結果がある。
心拍数だけじゃないぜ。もちろん呼吸数もぐんと下がるな。
ちなみに、熊の体温は37~38度、心拍数も55くらいが通常の状態らしいから、人間と似たようなもんだよな』
「えーっ、熊ってそんなことができるの?
とてもじゃないけど、人間には無理だね」
『まあな。
人間がもしも体温を2℃でも下げてみろ。代謝が下がるよりも免疫力が下がる方が問題だな。
あぁ、そうそう、ガン細胞は35℃代の体温で活発になるんだってな!
病気になっちまうぞ… っていうか、病気云々よりも歩行困難とか意識障害とか。悪くすりゃ凍死だな』
「なにそれ、こわっ…」
『病気も怖いが、カオルの場合は基礎代謝が下がるのも問題なんじゃないか?』
「基礎代謝?」
『ああ。
基礎代謝ってのは、人が生命活動を維持するのに必要最低限なエネルギーのことだ。
これが少ないということは、消費するエネルギーが低いということ。
つまり、同じ量の食事をしたとして、基礎代謝の高い人よりも低い人のほうがエネルギーを消費できない分、太りやすいということだ』
「ちょっ、ちょっと待ってよ。それ困るっ!
えっ、なんで? 冬眠したら痩せるんじゃないのっ?」
カオルは俄然、焦りだす。
それを見て、ザルバは何かに思い当たったようだ。
『はは~ん。
まあ確かに、一冬の間、飲まず食わずで、80kgの熊が16kgくらいの脂肪を使うらしいけどな。
人間は熊とは身体のつくりが違うんだ。
人間にとって食事を取らないということは、一時的な体重減少は見込めるかもしれないが、たとえ1日や2日でも健康面に関してはかなりのリスクを背負うと思うぜ?』
ニヤニヤと意味ありげにそう言うザルバに、カオルは居心地悪そうに視線を揺らす。
その様子にようやくカオルの真意に思い当たった鋼牙が
「まさか… おまえ、ウェイトを気にして…」
と口にしかけると、カオルは慌てて遮るように声を張り上げる。
「ああ! ああ! そうだね!
冬眠なんてしようと思ってもできないってこともわかったし、あと、冬眠してもいいことないってことは、よぉぉぉくわかったよ!
うん、そうだね。冬眠なんてやめることにするから!
さぁ~て、そうと決まれば起きるね! うん、起きよう!」
ベッドから飛び降りるようにして起き上がると、
「さあさあ、着替えるから!
鋼牙たちは先に降りててね!」
と、鋼牙の背中をぐいぐい押して部屋の外へと向かわせた。
そして、
「すぐに着替えていくから、先に朝ごはん、食べてて!」
とにっこり笑って言うと、バタンと部屋のドアが閉められた。
「…」
『…』
しばしの無言の後、ザルバが呟く。
『…カオル、太ったんだな』
「…そうらしい」
鋼牙は、そう言うと溜息をついた。
それを見てザルバは笑う。
『クックック』
鋼牙はそんなザルバを見下ろしてから、ドアの前を離れて階下に向かった。
その日からカオルが ’冬眠’ することはなくなった。
ただし、階段を上るにせよ、廊下を歩くにせよ、よくわからない無駄な動きをするようになり(ザルバ曰く、基礎代謝をあげようとしているらしい)、食事の時間が長くなり(ザルバ曰く、よく噛むことで消化吸収を助け、代謝の低下を防いでいるらしい)といったような行動が見られるようになった。
そんなカオルを横目に、鋼牙とザルバとゴンザは、
(クリスマスと正月が来れば元の木阿弥なんだろうな)
と思っていることは彼女には内緒なのだった。
fin
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::
冬になると「いろんなものがおいしい」し、「寒いから動きたくない」し、「冬眠したい!」と思いますよね?
まあね、selfish の場合、「おいしい」のは年がら年中で、「動きたくない」のも年がら年中なので、冬に限ったことではないのですが、ね?
今回、冬眠中の熊の生態を調べてみたのですが、ほんとに飲まず食わずなんですね!
しかも、出産までしちゃうとか!
いやあ、同じ哺乳類だけどいろいろ違っていて面白かったです。
あとね、体温上げとかなきゃ! 代謝も上げなきゃ! とも思いました。
多分、頑張るのは春からになりそうですけどねぇw
コメント
selfish と申します。
無愛想な魔戒騎士や天真爛漫な女流画家だけにとどまらず、大好きな登場人物たちの日常を勝手気ままに妄想しています。
そんな妄想生活(?)も9年目を迎えましたが、まだ飽きていない模様…
無愛想な魔戒騎士や天真爛漫な女流画家だけにとどまらず、大好きな登場人物たちの日常を勝手気ままに妄想しています。
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