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for you(1)
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白いコートの裾が踊るように揺れ動いている。
一歩一歩進められる足取りは、屋敷に近づくごとに力を蘇(よみがえ)らせるかのように早くなる。
けれど、ようやく玄関にたどり着いた雷牙は、ふと足を止める。
そして、ドアにかけた手を離すと、屋敷の脇を通って庭へと回り込んだ。
まっすぐに向かうのは温室だ。
だが、そこには「いる」と思った人の姿はなく、雷牙はわかりやすく落胆の色を浮かべた。
すぐに周囲に目を向ける。すると…
庭の隅のほうで、こちらに背を向けて何やら一心に手を動かす背中が見えたので、途端に雷牙の顔には嬉しそうな笑顔が浮かんだ。
彼女に気取られぬよう、静かに足を進めて近づいていく雷牙。
(そーっと、そーっと…)
子供のような悪戯心に、どうしたって顔が緩んでしまう。
すると、なんとも唐突にひどく曖昧な既視感を覚えて、雷牙はハッとした。
目の前でしゃがんでいるのは、黒のミニワンピース姿のマユリだ。
だが、雷牙の脳裏に一瞬浮かんだ像は白っぽい服を着た女性の後ろ姿だった。
(あれは…)
つかみどころのない記憶をなんとか手繰り寄せようと試みるが、まるで霧の中を進むように霞(かすみ)がかかり、ほんのついさっき浮かんだイメージさえもが最早(もはや)はっきりと思い出せない。
けれども、雷牙がこれまでに関わりを持った女性など限られているわけで…
「…が……らいが? どうしたんだ、雷牙!」
自分を呼ぶ声にハッとした雷牙は、すぐそばでこちらを覗き込むようにしているマユリに気付き、とっさに笑顔を作る。
「ああ… マユリ。ただいま」
「…おかえり」
雷牙を気遣うような表情のまま、マユリはなんとか答える。
そんなマユリに、雷牙は
「大丈夫だよ、心配しないで」
安心させるようにふんわりと笑った。
雷牙の母に関する記憶は、そう多くない。
夜、ベッドに入って眠るまでにいろいろな話を聞かせてくれた優しい声とか、手を繋いで歩いた時の柔らかく温かな手の感触とか、一番よく覚えているのはなんといっても笑顔だ。
母と一緒にどこに行った、とか、何を食べた、とか、どんな会話をした、とか、そういう思い出はほとんどなく、小さな雷牙が肌で、そして身体で感じた感触のほうが残っていた。
そんなわけで、先ほど庭でフラッシュライトのように浮かんだイメージは「母だろう」と思うのだが、母が何をしていたのか、何のためにそんなことをしていたのか、などといったことは少しも思い当たることがない。
だから、こういうときにはゴンザに聞いてみるしかなかった。
その後、マユリと一緒に屋敷に入った雷牙は、ゴンザの用意してくれたお茶を楽しんだ。
そのうちに、真っ白な陶磁器のカップの底に残った最後の一口を飲み終えた雷牙は、カップをソーサーに戻し、
「ごちそうさま」
とゴンザに笑みを見せる。
そして、
「ねぇ、ゴンザ」
と呼びかけた。
ゴンザはカップを下げようと伸ばしていた手を止め、
「はい、なんでございましょう」
と雷牙の顔を見た。
「変なことを聞くようだけど、母さんは庭いじりをする人だったっけ?」
「庭いじり… でございますか?」
「ああ…
ついさっき、庭でしゃがみこんで何かしている母さん… だと思うんだけど、そんな姿が急に頭の中に浮かんできて。
でも、何をしているのか、どうしてそんなことしてるのか、はちっとも思い出せないんだ」
ゴンザは親指と人差し指で挟むように顎をこすりながら考える。
そして、
「カオル様… 雷牙様のお母さまは庭のものをデッサンすることはあっても、あまり土いじりをするようなことは…」
そう言いながら記憶を探っている様子のゴンザが
「ああ、そういえば…」
と何かに思い当たったように眉目を開いた。
「何か思い出した?」
「はい。
カオル様は、一時期、球根を植えるのに夢中になってらっしゃったことがありました!」
「球根?」
「はい…
ご覧になりますか?
まだ、花が咲くには早すぎて葉っぱばかりだと思いますが…」
それを聞いて雷牙の目は大きく見開かれる。
「ああ!」
to be continued(2へ)
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コメント
selfish と申します。
無愛想な魔戒騎士や天真爛漫な女流画家だけにとどまらず、大好きな登場人物たちの日常を勝手気ままに妄想しています。
そんな妄想生活(?)も9年目を迎えましたが、まだ飽きていない模様…
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