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問われる覚悟(2)
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我雷に代わり閑岱の里を束ねる者として名が挙がったのは2名。
最後の黙考とばかりに、ある者は腕を組み、またある者は顎を撫でながら中空を睨んで考えに沈んだ。
その重苦しい時間が過ぎる中、とある年老いた法師が沈黙を破った。
「ひとついいかのう?」
そう大きくない声にも関わらず、その場にいるすべての者の目が一斉にその発言者に向けられた。
法師は丸めていた背中を一度ぐぐっと伸ばした後、あいたたた、と呟いてからまた背を丸めてからぼそぼそとしゃべりだした。
「我雷法師は術者としても指導者としても、そして、統率者としても優れたお方じゃった。
その法師の跡を継ぐのじゃ、おいそれと決まらんのも無理はなかろう」
そう言ってから、法師は上目遣いで周囲をちらちらと反応を伺う。
すると、法師の発言に賛同するようにうんうんとうなづいて見せる者もいれば、苦い表情をする者もいた。
「じゃが、それでも里の長が不在というのは避けねばならん。だからこうして話し合っているんじゃないか」
「そうだな、いつ何が起こるかわからん。ホラーはこっちの都合などお構いなしじゃから…」
口々に言う者がいて、一気にがやがやと騒がしくなる。
その勢いに押されたのか、発言した法師がひょいと肩を竦めて目をきょろきょろさせながら口をつぐむ。
その法師は、決して押しの強いタイプではない。どちらかと言えば気弱なほうだ。
普段は影が薄い人物だが、結構冷静に、そしてしたたかに物事を眺めていて案外’食えない’人物だと翼は見ていた。
が、もちろん腹黒いわけではない。
できるだけ自分で労をしょいこまずに、みながよいといった流れに身を任せる、というだけだ。
そんな人物が声を上げたのだから、何か思うところがあるのだろう。
翼は、その法師の意見が聞いてみたいと思った。
「静かに!」
翼が張り上げた声に、ぴたりと静寂が戻る。
「まだゲン爺の発言が途中だ。
…ゲン爺、話の続きはなんだ?」
翼に促され、ゲン爺と呼ばれた法師がおずおずと口を開く。
「も、もちろん、すぐに後任が決められるなら… 誰もがこの者ならばという者がおるのであれば何も言うことないんじゃが。
でも、のう? 今のこの様子では誰に決まったところで、やはり他の者がよかったのではないかと後から言い出す者が出んじゃろうか?
じゃから今すぐに決めんでもよかぁないか? もう少し慎重に決めてもよかないか?
…と、まあ、儂(わし)はそう言いたかっただけじゃ」
そう言ってゲン爺はすぐに小さくなって目を伏せた。
それを聞いてすぐに反論するような声は上がらなかったのは、そこにいる者にとって、多かれ少なかれ心の中にある気持ちだったのだろう。
「では、どうする?」
遠慮がちな誰かの声。
その声に、全員の視線がきょろきょろと動き、やがてその視線が集まっていく。
視線を集めた翼は、ほんの少し黙考したが、静かに口を開いた。
「…明日。また話し合いの席を設ける、ということでどうだ?」
そう言って睥睨する翼に、皆は得心したようにうなずいてこの場はお開きとなった。
しばらくの後。
最後の法師を見送った翼が、ふうっと大きく息をついた。
(…帰るか)
日暮れ時分、まだ少し明るさの残っていた夕刻から始まった話し合いだったが、なかなか結論に至らず長引いたために、今はとっぷりと日が暮れて月が顔を出していた。
歩き出しながら、翼は何気なく辺りを見渡した。
いつもなら暗闇の中に沈んでいるはずの場所から明かりが漏れていて、つい目が留まる。
今、我雷法師の身体が安置されている社だ。
昼間、我雷に会いたいと多くの法師があふれかえっていたそこは、そろそろ寝支度をという刻限ともなれば、さすがにしんと静まり返っている。
翼は、家へと向けていた足を方向転換し、社へと向かった。
いろいろなことで慌ただしく過ごしたので、今日はまだ我雷の顔を見ていないことに気付いたからだった。
日も暮れ、里のあちこちから夕餉のいい匂いが漂う頃、イサカ達が我雷法師の後継について話し合いをしている一方で、亡くなって以来ずっと我雷法師についていた黄花と満寿に、邪美は声をかけていた。
「ふたりとも少し休んできたらどうだい?」
顔を見合わせた黄花と満寿は、
「いえ、私たちは…」
と答えるが、途切れなく我雷法師の元を訪れる人々への対応に食事も休憩もろくに取れていなかったふたりの疲労の色は濃かった。
「何言ってんだい。あんたたち、ひどい顔をしているよ?
ここはあたしが見てるから、温かい食事をとって、ゆっくり休んできな」
邪美はふたりの肩に手を置いて安心させるように笑ってうなずくと、ようやくふたりもほっと力を抜き
「それじゃあ、お言葉に甘えます。
休んだらまた代わりますから…」
とうっすら笑顔を見せた。
「ああ、戻ってきたら今度はあたしががっつり休ませてもらうから、ゆっくりしてくるといいよ」
そう言って、邪美は黄花と満寿を見送った。
ふたりを送り出してみると、邪美は途端に力が抜けた。
我雷法師が亡くなったという知らせを聞いてからひどく慌ただしく時間が矢のように過ぎて行ったので、心の休まるときがなかった。身体の疲れももちろんあるが、精神的にひどく疲れたと感じていた。
我雷法師の顔を見ながら、
「法師…」
と呟く。
いつもなら、
「おお、邪美」
と笑顔とともに応じてくれるのに、今はぴくりとも動かない。
そのことがとても心細く、そして悲しく感じられる。
「なんだか迷子にでもなった気分がするねぇ…」
そう言いながら、邪美はただ我雷法師を見下ろしていた。
さて、こちらは翼。
明りの灯(とも)る社に足を向けた翼が、社の戸に手をかけてカタカタと音をたてながら中に入った。
中央には台座が据えられ、その上に我雷法師が粛然と横たえられていた。
翼が出入りしたせいで起こった風が、我雷の枕元に灯(とも)された蝋燭(ろうそく)の灯を揺らし、彼女の顔の陰影がふわふわと揺れる。
翼の入室とともにその傍(かたわ)らにいた人物がハッと小さく動いたが、翼はそれには触れずにまっすぐに我雷のそばに近寄る。
我雷のそばで足を止めるとしばらくその顔を見つめてから瞑目(めいもく)した。
じじじっと蝋燭の燃える音しかしない静寂の中。
「まだ…」
と呟くような声が聞こえた。
その声に翼は瞑目を解いて、ゆっくりと振り返る。
「…まだ、信じられないんだ。我雷法師が亡くなっただなんて」
翼の視線の先にいるのは邪美。
邪美の視線は我雷法師に向いたまま、どこか視線は定まらない感じだった。
どうにか微笑もうとして失敗して、表情がぎこちない状態になっている彼女は、翼の目から見てひどく疲れているように見えた。
翼は目を伏せて、聞こえないくらいに大きく息を吐いてから再び彼女を見た。
「確かに…
おまえだけじゃない。誰もが同じように思っているだろうな」
普段の翼とは違ってどこか労(いた)わるような穏やかさを含ませた声に、邪美は悲し気に表情を歪ませて言う。
「あたしは… ほんとうに我雷法師には感謝しているんだ。
初めてこの地を訪れたとき、鷹麟の矢に力を注ぐという大事な役目を、こんな、どこの馬の骨ともわからないようなあたしに任せてくれた…
ううん、我雷法師は『力を貸してくれ』と頭まで下げてくれたんだよ」
「…そうだったな」
翼の返事に、邪美はうんと小さくうなずいた。
「師匠を亡くして拠り所(よりどころ)を失ったあたしを… 魔戒樹に取り込まれて半分死んでいたようなあたしを、真っ当な魔戒法師として受け入れてくれて…
我雷法師はあたしの二番目の師匠だと勝手に思ってたんだよ」
そう言うと邪美は我雷法師に近寄り、愛おし気に法師の身体をさすった。
そして、深く重たい息を吐く。
「はぁ… また、あたしは師匠を亡くしちまった…」
小さく震える声。
唇を噛み、何かに耐えるような邪美は、翼の目にはか弱い少女のようにも見えた。
我雷法師が亡くなったことでの邪美の喪失感は大きかった。
例えていうなら、自分の立っている地面の半分が一気に失われたくらいに思えていた。
いや、実際には、邪美はどこでだって一人でやっていけるだけの実力はある。
この世からホラーという存在が消えない限り、優れた魔戒法師としての邪美は ’求められる’ 存在なのは間違いようのない事実だ。
けれども、邪美は知ってしまった。
邪美自らが守りたいと思う存在を。支えたいと思う人たちを。そして、ともにありたいと願う人を。
それを知った前と後とでは、邪美は強くもなったが弱くもなった。
阿門法師が死んだときよりも我雷法師を亡くしたときのほうがずっとショックが大きいのは、邪美の心の持ちようがあのときと全く違っているからなのだろう。
to be continued(3へ)
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コメント
selfish と申します。
無愛想な魔戒騎士や天真爛漫な女流画家だけにとどまらず、大好きな登場人物たちの日常を勝手気ままに妄想しています。
そんな妄想生活(?)も9年目を迎えましたが、まだ飽きていない模様…
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