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今宵の月(3)
今、お仕事しに通っている場所の帰り道に、セレモニーホールがありまして…
ほぼ毎晩のようにご葬儀が営まれているのです。
それを横目に見ながら、自分は今日も生きて家に帰れるんだ、と思う日々なのであります。
でもまあ、家に帰ったとしても、ごはんだ~、洗濯だ~、と、いろいろやらねばならないことが待っているわけなので、果たしてそれがしあわせなことなのかはわかりませんが、寝る前に少しだけ、鋼牙だ~、カオルだ~、と楽しむことにしています。
…というわけで、ささやかな今宵のお楽しみに、どうかよろしくお付き合いくださいませ。
ほぼ毎晩のようにご葬儀が営まれているのです。
それを横目に見ながら、自分は今日も生きて家に帰れるんだ、と思う日々なのであります。
でもまあ、家に帰ったとしても、ごはんだ~、洗濯だ~、と、いろいろやらねばならないことが待っているわけなので、果たしてそれがしあわせなことなのかはわかりませんが、寝る前に少しだけ、鋼牙だ~、カオルだ~、と楽しむことにしています。
…というわけで、ささやかな今宵のお楽しみに、どうかよろしくお付き合いくださいませ。
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コンコン…
カオルの部屋のドアがノックされた。
ゴンザの用意した夜食を手に、鋼牙は返事があるのをじっと待つ。
自然と息が詰まるような妙な緊張感の中、室内で慌てたような物音がしたものの、なんの返事もないことに鋼牙は考えをめぐらせる。
やがて、もう一度ノックをすると、間髪入れずに、
「カオル、入るぞ」
と声をかけてドアを開けた。
室内は明かりが落とされて暗く、鋼牙の鼻にはかすかに線香の匂いが流れ込む。
廊下から差し込む光は、部屋の入り口付近をぼんやり照らす程度だったが、鋼牙にとってはそれで十分だった。
室内のおおよその様子を記憶すると、ドアを閉めた。
ゆっくりと部屋の中央に進むと、ベッドのそばの床に落ちているものを拾った。
手にしてみると、より線香の匂いが強く感じられ、そして、かすかにまだ温かかった。
つい先ほどまでカオルが身に着けていたと思われる礼服を手に、鋼牙は、カオルが横になっているであろうベッドをちらりと見た。
「…」
暗闇が支配する中、鋼牙は何も言わずに拾い上げた礼服をその辺の椅子の背にパサッとかけると、壁際に置かれたチェストに向かって真っ直ぐに歩み寄り、チェストの上に、夜食の乗ったトレイを置いた。
「ゴンザが夜食を用意した。
ここに置いておくから、気が向いたら食べるといい…」
ベッドに向かってそう声をかけてみた。
だが、ふっくらと丸く膨らんでいる布団はピクリとも動かない。
きっと、今夜はひとりでいたいのだろう。
(このままそっとしておいてやるか…)
鋼牙はフッと小さく息を吐いて、部屋を出ようと歩き出そうとした。
そのとき、
「鋼牙…」
と声が聞こえた。
とてもか細いが、よく通るカオルの声だ。
鋼牙はベッドのほうに身体を向けると、
「なんだ?」
と穏やかに問い返した。
布団から顔を出したカオルが、じっと鋼牙を見ていた。
「ごめんね。
…ひょっとして心配させちゃった?」
おずおずとそう尋ねるカオルに、勿論、それまでは少し気になっていたのは事実だったが、声を聞いた途端に根拠はないがほっとしたのも本当のことだった。
「まあな。
でも、おまえのことだ。自分でなんとかするんだろう?」
お互いに相手のいいところも悪いところもよく知っていた。
変なところにこだわるところや、妙に頑固なところがあったりすることも。
クスッ
カオルの顔に笑みが浮かんだ。
「うん… まだ頭の中が混乱してるところもあるんだけど…
多分、大丈夫!」
少し元気になった声で言ったカオルは、すぐに、真面目な表情になって、あのね… と話を続けた。
「鋼牙はこんなことを考えたことある?
あたしが、事故とか病気とか、思いもしないようなことであっという間に死んじゃうかも… なんてことを」
それを聞いて、鋼牙はハッと胸を衝かれるような思いがした。
その様子に気付いたのかどうか、カオルはなおも続けた。
「あたしね、自分が死んじゃうかも、なんてこと… ’あのとき’ 以来、考えたこともなかったの」
カオルが ’あのとき’ と言ったのは、鋼牙と出会った数年前のことだった。
ホラーの返り血を浴びてしまったカオルは、100日経ったときに黄泉の国への道を辿っていたのだ。
生きていたってなんにもならないと捨て鉢になったカオルの頬を叩き、生きろと言って、引き換えさせたのは鋼牙だった。
その鋼牙のお陰で浄化に成功し、喜びあったのも束の間、今度は、バラゴによりメシア復活のゲートとされそうになり、’あのとき’ のカオルは、強く「死」を意識する毎日だった。
「ホラーという存在を知ってから、そして、鋼牙と過ごすようになってから、’生きる’ っていうことや、’死’ っていうものを、よく考えるようになったと思ってたのに。
なんだか、あたし… いつの間にか、’自分は大丈夫だ’ って思い込んでたみたい」
魔戒騎士である鋼牙のそばにいることで、彼の無事を願わない日々はなかったが、その反面、自分自身のことはすっかり置いてけぼりになっていたようだった。
「今日ね、大村さんの奥さんのお通夜に行って、亡くなった奥さんは無念だろうなとか、大村さんが気の毒だとか、いろんなことが頭をよぎったんだけど、でも、奥さんにも大村さんにも自分は何もしてあげられないな、って思うと妙に悲しくなっちゃって…
それに…
あぁ、あたしもいつどんなふうになっちゃうか判らないんだ、って思ったら、よくわからないけど、すごくショックで…
とにかく、どうしようもなく胸が苦しくて苦しくて、たまらなくなっちゃったの」
カオルが喋りたいだけ喋らせていた鋼牙は、やがてベッドに歩み寄ると、その端に腰を降ろしてカオルを優しく見下ろすと、その頬に触れた。
「ごめんね。
まだ、整理もついてないのに、グダグダなこと言っちゃって。
でも、こうしてお喋りしてたら少し気持ちが軽くなったよ」
そう言うと、カオルは自分の頬にある鋼牙の手に自分の手を重ね、愛しそうに目を閉じた。
to be continued(4へ)
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コメント
selfish と申します。
無愛想な魔戒騎士や天真爛漫な女流画家だけにとどまらず、大好きな登場人物たちの日常を勝手気ままに妄想しています。
そんな妄想生活(?)も9年目を迎えましたが、まだ飽きていない模様…
無愛想な魔戒騎士や天真爛漫な女流画家だけにとどまらず、大好きな登場人物たちの日常を勝手気ままに妄想しています。
そんな妄想生活(?)も9年目を迎えましたが、まだ飽きていない模様…
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