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ちいさきもの(1)
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その日、午後の日差しが夕闇の気配に押されてスッと力を弱めた頃。
鋼牙は書斎で分厚い書物に鋭い視線を投げかけていた。
たがて、その目が1箇所に留まったかと思うと、わずかに喜色が浮かんだ。
「ザルバ、見つけたぞ」
喜びはその声にも隠せない。
『ふぅ、これでやっとあのホラーを攻略できるわけだな、鋼牙…』
「ああ」
今宵のホラー狩りに光明が見え、少しホッとしたところで、ふいにドアの向こう側に人の気配を感じた。
それが誰なのか気付いたのだろう。鋼牙の目に穏やかな優しさが灯る。
『お、チビのご帰還か…
もうそんな時間なんだな』
とザルバも呟いて、ドアの向こうから顔を覗かせるであろう姿を待った。
だが、いつもならすぐに飛び込んでくるのに、今日はなかなか姿を見せない。
それでもしばらく待っていると、ボソボソとした会話が聞こえてきて、「さ、頑張ってごらんなさい」という明るいカオルの声が。
その後、ようやくドアが開かれると、ドアの影から少し俯き加減の少年が母親に背中を押されるようにして入ってきた。
「今、帰ってきたのか? おかえり…」
魔界騎士と言えども、息子にかける言葉はどこにでもいる父親と変わらない。温かい響きだ。
ただ、それにも関わらず、少年の表情は相変わらず硬いままだった。
「うん、ただいま。
…とうさん。
あのね… ぼく… えっとね、お願いがあるんだ」
今度の誕生日で6歳になる少年は、母親によく似た大きな瞳はまだ下を向いていて、父親の顔を直視できない。
そばに立っていたカオルは息子の肩に手を置いて顔を近づけると、顔を覗き込むようにしてエールを送る。
「雷牙。
自分の口からおとうさんにお願いするんでしょ?
がんばるって約束だもんね」
雷牙が母親の顔を見ると、カオルは「大丈夫」というふうに笑ってうなずいて見せた。
その後押しに雷牙の固い表情も幾分緩み、笑顔を覗かせた。
そして、口を真横に引いたかと思うと、くるっと振り返り、力強い目で父親を見た。
「とうさん!
ぼく、犬を飼いたいんだ!」
一気にそう言うとそれで幾分落ち着いたのか、あとはスラスラと言葉が出てきた。
「あのね、今日、ユウくんがね、言ってたんだ。 神社にね、子犬が捨てられてるって…
それでね、ぼく、かあさんと一緒に見に行ってきたんだよ。
すっごく小さくって、すっごくかわいくって、それでね、ちょっと震えてたんだ。
きっと、あのままだったら死んじゃうよ!
だから、ね? ぼく、飼ってあげたいんだ!
いいでしょ? とうさん!」
雷牙の感情がだんだん昂ぶってきて、目にはうっすらと涙が浮かんでいた。
鋼牙は黙って彼の言いたいことに耳を傾けていたが、聞こえるか聞こえないか微妙なくらいに小さく息を吐いた。
「よく聞くんだ、雷牙。
この家では犬は飼えない。
犬だけじゃない。小さな生き物は飼うことができないんだ」
鋼牙は息子に言って聞かせるようにゆっくりと言った。
「どうして? どうして、ダメなの?
ぼく、ちゃんと散歩に行くよ! ごはんだって、トイレだって!
ちゃんと自分で面倒見るから!」
諦めきれない雷牙は、必死に父親に訴える。
鋼牙はじっと雷牙を見ていたが、雷牙も決して目をそらさずに見つめていた。
(いい目をしてる…)
沈黙の中でも、雷牙の強い気持ちは鋼牙に十分伝わってきていた。
だが…
「ダメだ」
鋼牙の答えは変わらない。
口調こそ穏やかだったが、これ以上何を言っても気持ちは翻(ひるがえ)らないだろう強い決意がひしひしと感じられた。
雷牙は涙を溜めながら反抗的なまなざしで父親を睨むしかできない。
悲しげな顔でふたりを見ていたカオルは見かねて、
「雷牙、もう行きましょ?」
と促し、渋々、雷牙は父親に背を向けた。
とぼとぼと歩く後ろ姿は、傷心の悲哀で覆われていた。
ふたりが廊下に出てドアを閉まる直前に、
「とうさんのばか!」
という小さな声が聞こえたが、それが雷牙にとっては精一杯の反抗だった。
ふうっ
雷牙たちの気配が遠のいたのを感じて、深く息を吐いた鋼牙。
『やれやれ…
嫌われちまったな、鋼牙』
「…そうだな」
雷牙の見せた憎しみのこもった目を思い出しながら鋼牙は答える。
『しょうがないさ。
おまえだって通ってきた道だ。
今に雷牙もわかってくれるだろう』
慰めるようにそう言ったザルバの言葉に、
(…そうだといいが)
と思いながら鋼牙は曖昧にうなずいただけで、椅子に身を深く沈めると静かに目を閉じた。
to be continued(2へ)
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コメント
selfish と申します。
無愛想な魔戒騎士や天真爛漫な女流画家だけにとどまらず、大好きな登場人物たちの日常を勝手気ままに妄想しています。
そんな妄想生活(?)も9年目を迎えましたが、まだ飽きていない模様…
無愛想な魔戒騎士や天真爛漫な女流画家だけにとどまらず、大好きな登場人物たちの日常を勝手気ままに妄想しています。
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