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きんのまなざし ぎんのささやき

闇夜の狼(3)

もともと遅筆なのですが、この話もなかなか進みません。
いやあ、ほんと申し訳ない…
それでもちょっとずつ進めますので、よろしくお願いいたします。


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音弥の芝居小屋。
若い女の客ばかりで大入りだった芝居がはけた午後。
団長はたんまりと集まった銭を数え、他の団員は酒や煙草をたしなみながら雑談を交わしている、のんびりした空気が小屋にはあった。
その小屋の片隅で、化粧を落とした音弥は浴衣の前を少しはだけさせ、足を放り出して放心していた。
大勢の客を前に大見得を切ったときの昂揚感はとうの昔に消え去っており、音弥は中身のない張りぼての人形のような気分で部屋の一点を見ていた。
すると、ぐぅと腹が鳴った。

「腹、減ったなぁ」

そう呟いた音弥はのそりと立ち上がると、休憩している役者仲間たちの顔を一渡り眺めた。

(草太の奴… 何してやがんだ)

少し眉を潜めた音弥。
もし、ここに彼目当てに芝居を見に来ていた娘たちがいたなら、きゃーと黄色い声がうるさかっただろう。
そのまま仲間たちの脇をすり抜けて、小屋の裏手から表に出る。

「ふぅ…」

少しひんやりとした空気が気持ちいい。
大きく息を吸って鬱々とした気分を振り払おうとしたとき、視線の隅にスッと木陰に隠れる人影を認めた。

最近、江戸では若い娘が次々と姿を消している事件が起きている。
そして、その娘たちは誰もが音弥の熱狂的な信奉者であったらしいという噂は、当の音弥の耳にも届いていた。
そう言えば、数日前には御用聞きが話を聞きたいと小屋にやってきた。
そのときに、何も知らないと答えたものの、どうやらこちらの言うことは少しも信じられていなかったらしい。
それもまあしょうがない。
流れ者の役者に向けられる冷たい目は、ここ江戸に限らず、あちこちで随分浴びてきたものだ。
だが、いくら浴びても、それに慣れることはなかなか難しい。

「けっ」

と音弥は吐き捨てて、再び空気の籠った小屋の中に入ろうとする。

すると、黒い風のようなものが音弥の目の前を通り過ぎ、その風に巻き込まれるかのように強い力でグイッと引き寄せられた。
音弥がハッと気づくと、小屋の中に引きずり込まれていて、いつの間にか目の前に黒い着流しの浪人風の男が立っている。
しかも、その男に襟を締め上げられて壁に押さえつけられていたのだった。

「お… おめえさんは誰でぇ」

ドスを効かせようとするものの、声は掠(かす)れて切れ切れになった。
それでも精いっぱい相手を睨みつけてみて、音弥は初めて気が付いた。
目の前に立っている男は、音弥に負けず劣らずいい男だったのだ。
すっと通った鼻筋に、薄く引き締まった唇。
眼光鋭い目は、しかと音弥を捉えていた。
身体つきはというと、決して小さいほうではない音弥よりも5~6寸(約15~18cm)は高く、見下ろされる格好だ。
ただ、身体つきはどちらかといえば細身で、音弥の襟を締め上げている腕もそれほど太いものではない。
それならば、と音弥は全力で身体の自由を取り戻そうともがいてみるが、まるで岩でも相手にしているみたいで、男の腕を振り解けそうにもない。

「…」

男は無言のまま、腰につけた印籠(いんろう)のようなものに手を伸ばした。
だが、それは普通の印籠とは少し材質が違っていて、木製ではなく金属製のようだ。
男は器用に片手でその印籠のようなものの蓋を跳ね上げると、不思議なことにそこから緑色に揺らめく炎が立ち上った。

(あっ)

驚きのあまり声もできない音弥は、ただただ目を見開くばかりだ。
その音弥の目の前に、その炎がかざされた。
その炎で焼かれてしまうのではないかと、音弥は生きた心地がしない。
全身にぶるぶると震えが走り、冷たい汗がどっと出る。
音弥はその場に立っていることもままならずにへたり込みそうになっていたが、男は相変わらず左腕一本でそんな音弥を支えている。

緑色の炎が音弥の顔を照らす。
男は緑の炎越しに音弥の瞳をじっと見つめた。
だが、音弥の目には揺れる炎が映るばかりで、それ以上の変化はない。

『こいつは人間だ』

どこからともなく人ならざる者の声が聞こえ、音弥は思わずひいっと首をすくめた。

「…そのようだな」

初めて、男が口を開いた。
そして、急に音弥に興味を失ったかのように左手を音弥の襟から離した。

  ぺたり。

音弥はその場にへたり込んで尻餅をつく。
腰が抜けたようになり、立ち上がることもできず、また立ち上がろうとする気力もなかった。

「どうやら人違いをしたようだ… 邪魔をしたな」

そう言うと、男は音も立てずに小屋の裏口から表に出た。




見知らぬ男が小屋の裏から出てきたのを確かめ、小屋を見張っていた者のうち一人がその後を尾行を始めた。
だが、悠然と歩く着流しの男が芝居小屋の立ち並ぶ賑わう通りの角を曲がったかと思うと、その姿は一瞬のうちに掻き消えてしまっていた。
焦った見張りがあちこち駆けずり回ったが、とうとう着流しの男の姿を見つけることはできなかった。




「あの… ほんとに音弥さんはこの先にいるの?」

不安げな娘が前を歩く男の背に尋ねた。
男は小さな稲荷社(いなりやしろ)へと続く参道を歩いている。
男は振り返り、娘の不安を取り払うようににこやかな顔を向けた。
よく見れば、この男も音弥ほどではないにしろなかなか男前な顔をしている。

「あんたも承知だとは思うが、音弥は今や人気の役者だからねぇ。芝居小屋の近くで会うわけにはいかねぇんだよ。
 だから、こうして少し離れたところでおめぇさんをひっそり待ってるってわけで…」

男は心持ち「おめぇさん」という台詞に力を込めて言った。

「ほれ、あそこの社(やしろ)の裏手で待ってるって寸法さ。

 まぁな、おめぇさんがこれ以上行きたくないって言うんなら、ここで待っててもらって音弥の方からこっちに出向いてきてもいいんだが…
 だがな、そうするってぇと人目があってゆっくりと話をすることもままならなくなっちまうかもしれねぇよ?
 それでも構わねぇってんなら、俺が行って呼んできてやるがよ…」

確かに、男が言うように、この辺まではわりと人の視線は届いていた。
稲荷社の鳥居の前、道を挟んだ向こう側には小さな空き地があって、近所の子供たちが集まって何やら遊びをしていた。
また、少し離れた井戸端では、声高に女たちがおしゃべりにいそしんでいるのも見える。
風に乗って聞こえてくる言葉の中に「音弥」という名も聞こえているので、まさに丁度、今人気の役者についての噂話でもしているのであろう。
また、女たちは、この辺では見ないわりといい男が若い娘と二人きりで歩いていることにすでに気付いていて、ちらりちらりとこちらを見ていた。
それが今は娘にとって「安心の視線」となるわけだが、ここにもし絶世の色男である音弥が登場しようものなら、そのときはただの「邪魔な視線」にしかならないであろう。

娘はほんの束の間悩んだが、

「大丈夫、あたし、行きます!」

と言って歩き出した。
その「大丈夫」は、男に向けて言ったのが半分、自分に向けていったのが半分だった。



to be continued(4へ)
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