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きんのまなざし ぎんのささやき

鳴らない鈴(6)

ようやく森を出ました。ようやく、です…
もっとサクサクいかないものでしょうか、ねぇ。
自分の手の遅さに溜め息…


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カオルは歩いていた。
目の前には白いコートの背中が見える。
時折、背中の大きな紋章が陽の光を美しくはじいていた。

一定の速度を保ちながら揺れているその背を見つめながら、黙々と歩くカオル。
恐らく彼ほどの長身の男は、普段歩くスピードはずっと速いはずだろうに、今は、カオルが無理なくついていけるほどペースを落としてくれていた。
そんな小さな彼の優しさが、カオルの心をぽっと温かくしてくれて、ひとりでに顔が綻(ほころ)びる。

とは言え、森を出てからというもの、旅路は決して平坦ではなかった。
そびえ立つ崖が往く手を遮ったり、一歩脇に踏み誤れば激流に飲み込まれそうな場所を岩肌づたいに歩いたり、冷たい風が絶えず吹きすさぶ場所では何度も飛ばされそうになったりした。
その度(たび)に、カオルは鋼牙に助けられてきた。
彼の優しい手がカオルを導き、壁が立ちはだかれば、力強く引っ張り上げてくれた。
寡黙で多くを語らない鋼牙だったが、カオルを想う気持ちはそのまなざしや行動に如実に表れていたので、カオルの鋼牙に対する信頼も日に日に篤(あつ)くなっていくのだった。

ただ、カオルが鋼牙に惹きつけられる想いとは裏腹に、鋼牙は必要以上にカオルに触れるようなことはしなかった。
足場の悪いところでは手を引きもしたし、寒さの厳しい場所では肩を抱き、温めもしたが、そんなときですらどこか遠慮したような固さをカオルは感じていた。
近頃では、カオルをサポートする手が離れるとき、

(もう少し手を繋いでいたいのに…)

と思ったりもするカオルだったが、それを口にすることは憚(はばか)られて、先程まで彼が触れて温かかった手を見つめてはその手を胸に抱くことくらいしかできなかった。



森を出て10日程経った頃。
赤茶けた地肌がむき出しで、背の低い植物が申し訳程度に生えている乾いた土地をふたりは歩いていた。
太陽がじりじりと照らす時間帯はとてもじゃないが歩けないので、日の出からしばらくの間と夕暮れ時に移動することにしていた。
空気が乾いているから汗をかいてもそれほど不快な思いはしないのは助かったが、風で巻き上がる細かい砂の粒子が髪や肌をざらつかせて、決して気持ちがいいものではなかった。
虚ろな目で鋼牙の背を追い、惰性で足を動かしていたカオルが、ザルバの声にハッとした。

『鋼牙、カオル、喜べ!』

ザルバの声は、ふたりを鼓舞するように明るかった。

『水の気配がする。それもかなりたくさんの清らかな水の気配だ。
 おまえたちの右手のほうに、植物が生い茂った場所が見えないか?』

そう言われて鋼牙もカオルもそちらのほうに目をやると… 見えた。
確かにそこだけかなりの数の植物が密生している場所が。
ふたりの顔に同時に安堵の色が浮かぶ。

「行くぞ」

カオルを振り返った鋼牙が力強く言うと、目をきらきらとさせたカオルが鋼牙を見上げるようにして力強くうなづいた。

「うん!」



その場所に立つと、空気が変わったのがすぐにわかった。
涼やかで適度な湿り気が感じられる、気持ちのよい空気だった。
空の青さをそのまま映したようなクリアなブルーが、時折吹く風にゆったりとした波紋を描いていく。

「うわぁ~」

水際に立ったカオルが歓声をあげ、大きく深呼吸をした。

(気持ちいい…)

そう思い、鋼牙を振り返ると柔らかい表情を浮かべた鋼牙もカオルを優しく見返した。
が、すぐにザルバにきびきびとした口調で探索を命じた。

「ザルバ、怪しげな気配などはないか調べてくれ」

ザルバのほうも、鋼牙にそう言われるのは予測していたようですぐに返事が返ってきた。

『大丈夫だ、鋼牙。
 この湖の水はそのまま飲んでもいいくらい安全な水だし、周囲からも不穏な気配は微塵も感じない。
 とはいえ、もちろん結界を張っておくに越したことはないし、水だって一度沸かしてから飲むほうがいいに決まっているがな…

 どうやら、この場所は、カオルのいたあの森と同じ、この奇妙な世界の中にあるオアシスのような場所らしい』

ふたりはそれを聞くと、初めて心の底からほっとした。

「ねぇ、この場所で少しゆっくりしてもいい?
 久しぶりに水浴びでもしてさっぱりしたいわ」

カオルは期待を込めたような表情で鋼牙に尋ねた。
彼女のそんな顔を見ては、鋼牙だって無下(むげ)にはできない。
それに、カオルはここまでよく頑張っていたから、ここらで心と身体を休ませてあげたいとも鋼牙は思った。

「そうだな、今日はこれ以上進むのはやめておこう。
 もう少し場所を移してから、ゆっくり休むとするか…」

鋼牙の言葉を聞いて、カオルは素直に喜びの声をあげた。

「やった!
 そうと決まれば、早くその場所に行こう!」

すっかり元気を取り戻したカオルが先頭になって歩き出すのを見て、鋼牙はフッと笑みを漏らすと、

「そんなに慌てるとつまづいて転ぶぞ」

と言いながらカオルの後を追った。





(気持ちいい…)

カオルは少し冷たい水の感触を楽しんでいた。

あれから、湖の周りを5分程歩いたところに、細かい砂利が遠浅となって続いている場所を見つけたふたりは、今日はここに腰を落ち着けることを決めていた。
何より先に、汗と砂で汚れた身体を洗いたいと思ったカオルは、

「水浴びしたい」

と言い、鋼牙に後ろを向いているよう頼むと、美しく澄んだ水に身体を浸した。
鋼牙とは夫婦だと聞かされている。
だが、そうは言っても、その記憶がないカオルにとっては、彼は赤の他人も同然であった。
できるだけ、鋼牙のいる場所からは離れたところまで来たところで、ようやくカオルはホッと息がつけた。
一生懸命歩いて流した汗も、髪の間に潜り込んだ砂も、きれいに洗い流すことができて、とても気持ちがいい。

(シャンプーやトリートメントもできたらよかったのに…)

そんなことを考えて、クスリと笑った。
渇いた土地を重い足を引きずるように歩いていた1時間前に比べて、今はずいぶんと心に余裕が出てきたものだと思うと、なんだかおかしかった。

カオルはゆっくりと視線を一周させた。
そこは本当にのんびりとした時間が流れている場所だった。
こんなに安らげる時間を過ごすのはどれだけ振りだろう…

存分に水の感触を楽しんだ後、少し寒くなってきたので、岸に上がることにした。

(あの人がこっちを見てないといいけど…)

そう思いながら岸に近づいていくと、ちょうどいいことに彼の姿がなかった。

(今のうちに!)

そう思ったカオルは、それでも用心のため、大きな声で呼びかけた。

「今上がろうと思うから、しばらくこっちを見ないでねぇっ!」

そうしておいてから、カオルは勢いよく水から出ると、脱いでおいた服の元へと急いだ。
運動会の何かの競技のような勢いで急いで下着を身につけるのだが、身体が濡れていてスムーズにはいかない。
それでも、鋼牙に真っ裸を見られるようなことがあったら死んじゃいたいくらい恥ずかしくなると思い、とにかく必死になって引っ張り上げる。
なんとか下着は着られたところで、今度は服を手に取り、バサバサと砂を払う。
本当はこれもきれいに洗濯できたらよかったが、この際、贅沢は言っていられない。
砂を払い終わった服に袖を通そうとしたところで、カオルは急に不安になった。

(あれっ?
 あの人、どこに行ったんだろう?)

考えてみれば、鋼牙は突然に彼女の目の前に表れた。
そして、あっという間に彼女の手を取り、あの退屈だったけど安全だった森から連れ出していた。
カオルにとっては全く何の記憶もない人だったけれども、最初の何日間かで、彼の妻に対する愛情は(カオル自身が自分に対して嫉妬を覚えるくらい)知ることができたし、次の何日間かでは彼をすっかり信頼し、彼といることが当たり前になってきていた。
当然、彼から離れていくことなど考えたこともなかったのだが、今はどうだろう。
カオルに何も言わずに彼の姿が忽然と消えてしまっている。
急に不安を感じたカオルは、すぐに大きな声で呼びかけた。

「ねぇ、どこにいるの? 近くにいるんでしょう?」

そう言ってから、耳をじっと澄ますが、何も聞こえない。
聞こえるのは、風が梢を渡るときの葉擦れの音だけだ。

「お願い、何か言って! 早く戻ってきて!」

再度叫んでみたが、やはり返事はない。
カオルはこめかみに鼓動を強く感じた。まるで、ここに心臓があるのではないか、と思うくらいに。

(いやっ! ひとりにしないでっ!)

真っ青になったカオルは辺りをきょろきょろと見回すと、闇雲に走り出した。

「どこにいるのっ! お願い、姿を見せてっ!」



to be continued(7へ)
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selfish と申します。
無愛想な魔戒騎士や天真爛漫な女流画家だけにとどまらず、大好きな登場人物たちの日常を勝手気ままに妄想しています。
そんな妄想生活(?)も5年を経過しましたが、まだ飽きていない模様…



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